当たり前のことかもわからへんけど「今は今しかない」
●スタッフのほとんどが作品の中に生まれた日がありますよね。
2002年に20年分を一部屋に並べた時に、映像化とともに別の発想が生まれたんです。来場者は写真を毎日撮って面白いなって観てるいっぽうで、「あっ、ココ私が生まれた日や」とか「大学入学した日」、熟年の夫婦やったら「結婚記念日やね」とか言ったりしてるんよね。つまり自分の歴史と重ねて観てるんよ。そういう意味で今回映像や「ときの柱」の作品展示だけじゃなくて、「記憶の日記」ということで個人史の断片を募って、時系列順にカードにまとめて展示しようかなと。それを考えた後今回のプロジェクトで9,000枚デジタルにしたので、切手帳みたいに本にしていったら面白いなって思って、そこに記憶の日記を該当する日にちの所に入れていくのね。個人史の断片の集積みたいのをね、デイリーポートレイトに重ねたカタチでの本にしようかなと。一般に歴史、世相史っていうのは「ベルリンの壁崩壊」とか「阪神・淡路大震災」、「9.11」とか事件とかが多いんですが、この25年良いことは少なかったかもしれないけど、それぞれの人にとっては子どもが生まれた、孫が生まれた、彼氏、彼女と出会ったとか喜怒哀楽があったわけで、そんな大きな歴史と小さな歴史を重ねたカタチでやりたいなと思っています。だから何か変な本になりそうやね(笑)作品集でもないし、写真集でもないし、いわゆる歴史書でもないしね。
●じゃぁ、今後の展開としては本というカタチですね。
今回VTRにするためにデジタルデータにしたんで、今回の展示で記憶の日記を集めているんでそれを編集して来年本にすると。デイリーポートレイトはまだ未完成というか、僕が死ぬまでなんでね。まだまだ続くんで。
●最後に読者の方に何かメッセージをお願いします。
当たり前のことかもわからへんけど「今は今しかない」と。どんどん、どんどん刻一刻と変わっていく。何もせんでも時間は進行していくわけですよ。何かせなあかんってことではなくて、そういう時間の中で生きているという認識ね。やったことは全部自分の歴史であるわけで、誰か覚えているかもしれない。だから時間に対する認識をこのインタビューや作品を観て感じて欲しいですね。何気ない一日に目を向けるのもいいですね。
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今井祝雄 Norio Imai
1946年大阪生。造形作家・成安造形大学教授。
大阪市立工芸高校在学中から吉原治良に師事し、1965年から1972年解散まで具体美術協会会員。1966年、第10回シェル美術賞1等賞受賞。以来パリ青年ビエンナーレはじめ東京国立近代美術館、芦屋市立美術博物館など内外の企画展に出品、現在に至る。1980年以降は主にパブリックアートを手がけ、新大阪駅前、関西文化学術研究都市、京阪坂本駅ほかに彫刻、モニュメントを制作。1994年、神戸に竣工した「夢創館」を構想設計。翌年、阪神・淡路大震災で難を逃れた同館にて「創造にむけてのガレキ」展を開催するなど、アートからの社会的展開を実践。
著書に「都市のアートスケープ」(ブレーンセンター)、「アーバンアート─芸術からの街づくり」(学芸出版社)、「商店街と現代アート」(共著、東方出版)など多数。2004年7月に「未完のモニュメント─まちのアートは誰のもの?」(樹花舎)を出版。










