創刊号で掲載したサイモン・リー・クラークに引き続き、特定非営利法人CASが企画する展覧会「ラインヒルト・クーン」展でアーティストイニシアティブの組織【キュンストラーハウス・ドルトムント】の中心メンバーであるラインヒルト・クーンにインタビュー。彼女は様々な形でメディアが現実に働きかけるリアリティを検証する。彼女が制作の中で考える【関係性】というキーワードは、現代の日本の抱える社会問題にも近似するトコロがある。ドイツから来た彼女がファインダーを通し覗き込んだ日本はどのように写り込んだのだろうか?

●小さい頃はどのような環境で育ちましたか?
r:幸運なことに私の両親は教師だったので色んな事を与えようとしてくれました。バレエやピアノを習いにいったり、親が与えたいなぁと思うようなことは結構与えてもらいました。家が郊外の方にあったので森の中で色んなものに触れたり、転げ回ったり、野生児の様に色んな事をして遊んだので、都会の子どもよりもたくさんのものに触れる環境でした。
●学生の頃は何を専攻していましたか?アーティストを意識しはじめたのはいつ頃でしょう?
r:子どもの頃から博物館やミュージアムに頻繁に連れて行ってもらっていたので、アートなどに親しむ機会はたくさんありました。でも、特別にアートに触れるとかではなく、普通に自然にアートに親しんでいました。恵まれた事に、絵を描いたり実践的に美術に親しませてくれる先生に巡りあえたんです。だから早い時期に・・・たぶん17歳くらいの時にはアーティストになろうと思ったんです。アートを続ける為にそれ以上学校で何かを学ぶということは考えませんでしたね。高校の卒業の2〜3ヶ月前に学校を辞めてしまいました。親にも先生にも色々言われましたけどね。それから自分の家で絵を描いたりモノをつくりながら、版画のプリントの手伝いをしたりして働いて、そこからアートアカデミーに入って修了しています。アートアカデミーでは何かを専攻というより、全体的に色々な事を学びました。
●現在作品に写真を使っていますが、何かきっかけはありましたか?
r:最初はペインターとして絵を描いていました。色んな材料を使って描いていましたし、質感を出す為に色んなモノを使ったり、絵を描いた所にロウを使ってフィギアを作ってはったり、様々な事をしていました。でもどうしてもカタチのあるものを描くという時にどうしてもリアルに見れなくなったんです。リアリティがなくなってきたというか。その中でリアルを追求してきた中で、写真という見たままのものが見えるモノをひとつのガイドとして自分の中に取り入れたらどうだろうと思ったんです。だから、絵を描く立場として考えて、自分の作品に取り入れるようになりました。インスタレーションのようなカタチでそのものを作ることもありますし、写真をひとつのモジュールとしてとらえて、パズルのように自分のイメージを色んなトコロで組み換えていくこともできます。プラスチックの上に印刷したりもするんですが、それは写真を普通にフレームに入れて飾るのではなく、そういうものの物資としての何か大事に扱われる部分を取り払って、例えばプラスチックであれば、そこらに放り投げても痛まないで大丈夫ですよね。ある普通のものとして取り扱う事ができるというのが私の考えの中にあります。今ドイツで流行っているというか、写真を写真として特別にそれだけを飾るのではなく、ひとつのマテリアルとして入れこんでそれを作品として発表するアーティストが多いですね。
●ドイツでの生活は?
r:「キュンストラーハウス」というアーティストがいっぱいいる場所で働いています。そこで仕事をし、アパートとして自分の場所があって、作業をする場所もあるんですね。キュレーターとして働いたり、他のアーティストとコラボレートすることもありますし、様々なアーティストが次々に来ますので、はっきりいってアートまみれの生活ですね(笑)たまにクラブに行ったり、呑みに行ったりもしますが、アートに関わる人たちといつも一緒ですね。
r:ここは特に振興住宅地で、ひとつ家が建つとその後にちょっと離れた所にまた家が建って、その間にそれぞれの人が生垣を作ったり、ブロックの塀をつくったりしてるんです。順番に家がポコポコ建っていくのが、まるで子どもが遊びながらブロックで自分の世界の家や町を作っていく感じがしたのでこんな作品を写真で作ってみました。
●おぉ〜、なるほど。じゃぁ、次の質問ですが、国内外で印象に残っている出来事はありますか?
r:人によっては9.11とか色々あるとは思いますが、それよりも私は、毎日の日々の中で人と話しをしたり、ニュースを聞いたり自分の中に入ってきたものと、人に触れてそれを話しをしたりという中で色んな考えが出てきたもの全てが、作品や私自身の人格を形成していると思うんです。だから、何か大きな出来事があった時、人と話しているばかりじゃなく、その事を考えていって人と人との距離とかを見ていけば自分の中の事もわかってくると思っています。人のつながりや、人間としてのつながりに興味があるので、自分の作品の中にも特別何かおこったからではなく、日々の感じているものを表現したいです。
●現代美術センターでの出展作品もコンセプトの中にコミュニケーションという言葉が出ていましたが、制作のコンセプトは普段の感じ方から影響があるんですね。
r:コミュニケーションというか、会話がなくなったり、
自分の意思の疎通がなくなっていく事が問題と思っています。コミュニケーションの中に空白が見えたり、孤独に思ったりとか作品の中に見えると思うんですが、そういう事をおおっぴらに言ったり、大きなイベントに託つけて「どうだっ」て見せるんじゃなく、何かさりげなく日常にあるもので見せていきたいって思ってます。さっきの作品みたいにゲームみたいになっているけど、その中に潜ませながら作品で見せていきたいと思っています。
●今回、日本で滞在制作をおこないましたが、日本の印象を教えて下さい。
r:日本に来る前にまわりに言われていたのは「カルチャーショックを受けるから」って言われてたんですが(笑)特別に何か違うとは思わなかったですね。でも、私にとってはアジアは初めてだったんで大きな冒険でしたね。ひとつ、街を歩いていたらあまり表情を出している人が少ない印象を受けましたね。ドイツ人もそんなに表情を出さないですけど、それ以上に(笑)
●世界で一番美しいものと醜いと思うものは?
r:美しいものは、本当に信頼できる友達かな。醜いって思うのは、戦争とか誰でも感じるものかな。それ以外って考えると・・・醜いとは違いますが、場所を失った人かな。自分の本当の居場所を失った人はすごく辛いですね。
●あなたにとって制作するということは?
r:言葉で表すのは難しいですね。例えば、制作とかを何もしなかったら、多分普通の事はできるんだけど、自分自身の存在なり、色んな事を考えるってことができなくなると思います。制作をした後に他の人と話しをして、その中で自分も見直して自分としての視点を見つけださないといけない。そういう作業をしていかなくなったら、自分が何をしているのか自分で見つけられなくなってしまうと思います。
●ART YARDの読者に何かメッセージをお願いします。
r:なるべく思いついたら色んな事をやってみて、色んな人に見せて、たくさんの人と話しをして、でも自分自身を信じて自分の意見を必ずもって作っていって下さい。
ドイツのドルトムントにあるアーティストイニシアティブの組織、キュンストラーハウス・ドルトムントの中心メンバー。日常の風景写真をコンピュータ処理し特異な世界に変化させたり、写真を立体化したパーツでランドスケープを造るなど、我々が既知のな存在として捉えている写真メディアを異化させ、特異な世界を表現する。様々な形でメディアが現実に働きかけるリアリティを検証する。










