
「地」と「図」というのは僕にとっての永遠のテーマ
■アーティストとしての活動のきっかけを教えてください。
僕は宮城県出身なんですけど、高校時代は柔道部だったんですよ(笑)で、60kg以下級で、宮城県でチャンピオンになり。ウソみたいな話なんですけど。それでインターハイも出場して。戦後初のインターハイ出場っていうことで。で、大学受験となるんですが、そのころは足切りというのがあり。足切りされて。野球部の後援会長が宮城ドレスメーカー専門学校というのをやっていて、それでそこに入ったんですよ。
■では、そのころにソーイングの技術を?
そうですね。ただ、服を作るときはまずコンテを書いて、素材を選んで、縫製しないといけない。そうすると色々な過程の中で最初のイメージと変わってしまって、そのギャップがあまり好きではなかったんです。それで、イメージを一時的に表現する絵画のほうに可能性を感じ始めていて。それで日大に入るんですが。大学4年のころからコンクールなどに出したりするんですが、なかなか賞を取れなくて。それで、日大の大学院の2年のときに出したのが、東京都知事賞というのをもらって。
■それは作品「ミッドナイトナスカ」ですね。あれは印象的ですね。
そう、あれは弁護士宅に飾られているらしく。80万円でお買い上げいただきました(笑)でも、自薦コンクールではトップクラスのところで賞をもらって、そこからもなかなか難しいですけれどね。そういう難しさには2003年くらいから気づき始めて。職業的な画家を目指すのだったら、営業は大事だなと。それで、デパートに狙いを定めて。(百貨店の)三越と藤崎の二つに。で、三越はだめだったんですが、藤崎から半年後にやろう、とお話をいただいて。で、今年2006年の3月から個展をやったんですが、それが大成功で。お客さんがくれば、やはり絵も売れるようになり。その頃は自分で営業をしていました。今は営業はしてもらっていますから、野外フェスティバルでタオルの作品を配ったり、こういうART YARDだったり、自分以外のところからおもしろい事が入ってきますね。

■現在のような、絵をキャンバスに縫い込む(埋め込む)といったスタイルになったのはいつ頃ですか?
やはりベースになるのは専門学校の時ですが、東京で個展やっているときはFORMシリーズというのをやってたんですが、その抽象的なスタイルと、具象画の部分を画面の中に共存させようとしたんですね。劇中劇と呼ばれるスタイルですが、FORMという抽象を描いて、その中にまた自分の作品を縫い付ける。それで具象と抽象が並立できるんではないか、とそういう感じで始まりましたね。
■FORM シリーズがかなり印象的なのですが、樹木のように見えるFORM作品にみられるシンボルは冨樫氏にとって何を示していますか?
もともと偶然出来上がったもので。「地」と「図」というのは僕にとっての永遠のテーマとして存在するんですよね。水性ペイントで、手の赴くままにこういう「双葉」のような形が出来たという感じです。
■なるほど。冨樫氏にとってインスタレーション・立体とペインティングの立ち位置の違いはありますか?
ミッドナイトナスカは、油絵時代の集大成というか。ただ、油絵をずっとというのはなくて。もっと自由に素材を使えるのではないかと思い。僕の使えるテクニックであれば何でも使おうと思ったんですね。ソーイングもそうだし、電飾とかも。陶器の作品も作ったりして。ですから、絵画とインスタレーションでは、見に来るお客さんはすこし層が違いますね。テーマを絞って、一時代づつ分かれている感じです。
■表現者として、ART YARDの読者にメッセージをお願いします。
もし美大生なら、自分が何をしたいか、突き詰めて考えることが大事ですね。で、そこでもし何になる、という答えが見出せたら、次は方法論を考えて。今何をすべきかを考えて必ず行動に移す事ですね。自分のダメなところも見えてくるしね。出口は自分で決めておいたほうがいいかもしれないですね。それを設定しておくと動きやすいと思います。
協力:Gallery Conceal Shibuya
【冨樫昭裕 個展】小金井・武蔵野画廊11/23(木)〜11/28(火)AM11:00〜PM7:00
【冨樫昭裕オフィシャルサイト】http://www.a-togashi.com










