
「digmeout」プロデューサーである谷口氏にプロジェクトの誕生から今後の展開、彼らが求めるものをインタビュー。
小さい頃はどんな子どもでしたか?
理科少年でしたね。百科事典がすっごい好きで、地球の不思議とか動物の不思議とか大好きやったんです。天体望遠鏡をお年玉で買ったりとかね。
何か小さい頃にアートプロデュースの方向にいくきっかけがあったんですか?
全然、全然ないよ。高校、大学も普通でしたし。でも、広告の仕事がしたかったんで大学を選ぶ時にマスコミ専攻がある所を探したんですよ。映画が好きだったんで勉強しないで映画ばっかり観てたんです。ウディ・アレンが好きでね。ちょうど西武百貨店の広告でウディ・アレンが使われたんですよ。「おいしい生活」って知らんかな。アートディレクターが浅葉克己でコピーライターが糸井重里でね。ウディ・アレンと仕事できるんやったら広告の仕事したいなって思ったんですよ。でも大学って広告の事ってあんまり教えてくれないんですよね。コピーが書きたかったのに広告理論とかばっかりでね。で、その頃、塾の英語の講師をやってて給料も良かったんですよ。教え方も上手かったしね(笑)でも、このままやったら広告の事をしないで、塾の先生になって終わるかなって思ったんですよ。で、広告の学校に行こうって決めて、講師を辞めたんですね。そこに入ってもこのままじゃあかんって思って、広告をつくっている会社に入らなってなって、その時の先生に制作会社を紹介してもらったんです。そこでつくったものを持って、就職活動をしてデザイン事務所に入ったんですね。それから僕のコピーライター・アートディレクター人生がはじまったんですけどね。だから全然美術とかは関係ないんですよね。
「digmeout」のプロジェクトのきっかけになったのは?
そこに行くまでにはあと2時間くらいかかりますよ(笑)やっぱり広告が好きだったんですよ。広告デザインとか広告美術とかでいろんな良いものをみて、いつかこんなのつくりたいって思ってたんです。で、広告でもがんばっていろんな賞ももらったりはしたんですよ。広告の学校に行っていた時にやっぱりいろんな職業のやつがおって、その中にラジオ局で働いていた方がおられたんですよ。で、彼がラジオ局を辞めてFMつくるねんって事になって、それがFM802なんだけど。で、忙しくなってきたから企画書を書くバイトをしないかって電話があって、キャッチフレーズを書いたりもしてたんですよ。会社に内緒でね。そこからいろんな話が広がりはじめて、じゃぁ802に入らないかってなって、入ったんですよ。で、今日から君はアートディレクターねっていわれて。FM802のマーク募集とかをやったんですよ。そしたらFAXが5000通とか来て、それやったら何かできるんじゃないかってなったんですよね。で、展覧会とかを94年くらいから始めたんですね。それが「ストリート・アート・オーディション」っていうのがあって。そしたらいろんなアーティストが出てくるようになって、じゃあその子たちを802の広告に使おうって事になってはじめたのが10周年の時だから6〜7年前かな。そうするとカンバラクニエとかが出てきたわけですよ。「orange pekoe」のジャケットをやったりね。これはもっと広くできるよっていってね。2000年くらいに本を作って広めていく時になって、「FM802アート集」とかってなったら、ラジオ局のプロモーションでしかないやん。東京行ったら誰も知らんしね。僕は最初から世界戦略を狙っていたしね。じゃあ何か新しい言葉を使って、その価値観で広げていこうって考えたのが「digmeout」やったわけです。2時間の話しを3分で終わったね(笑)そういうストーリーです。
はじめの構想のところから展開していってる感じですか?
後追いですよね。どっちかというと。
展開が頭の中にある状態ではなかったんですか?
全然、言われるがまま・・・っていうか、はじめはラジオ局のプロモーションとしてやったから、おもろいヤツがおったら使おかって感じだったんですけどね。でも、それまで学生だった子の作品をポスターにしたりしたのをきっかけに仕事になって、就職するのを辞めて専門でイラストレーターをするわとかになってね。要するに人の人生に関わる事になってね。これは最初はプロモーションだったけど、何か使命感になってこれは続けないと、僕らが会社の仕事でやっている以上の事をみんな期待しているんだろうとなってきた時に、いい加減な事をできないなってなったのね。アーティストのエージェントを始めたのも後追いですよ。僕らが発掘した以上は責任を持って面倒をみないとあかんでってなって、本を作った時もそうだし、場所も作ろうっていってココの場所もできたしね。
現代美術を取り扱っているギャラリーとは違う場所として「digmeout」はあるんですか?
僕たちはアートっていうか難しい事をやっているつもりはないんです。802と関わる部分で、何か前向きでキャッチーで人を楽しく、気持ちよく、カッコよくさせるモノをやってる意識があるんですよ。だからアートっていう風には思ってないんですよ。
アーティストと一緒にやっている感じなんですか?
そう、僕たちがアーティストに育てられていると思うよ。一番大事なのは、有名な雑誌の表紙になったり、特集される人ってすでに有名な人やったりするでしょ。でもウチの子たちはホンマに最近まで近所の友達とやってた子たちを捕まえてやってるわけだから、自分たちと関係のある事をやってるなっていうのがすごく大事なんだと思う。みんなひょっとしたら俺には何かあるかもしれんって思ってる人が一緒につくれる環境みたいなものをつくりたいって思ってるんですよ。最初から有名な人とやるんだったら、お金を払ってやったらいいやん。それは僕らがやる意味がないし、何かわからんけど面白いやつと一緒に大きくなっていこうっていう仕組みをつくっていきたいんですよ。

やる気があるんだったらどんどん絡んでおいでって感じですか?
そうですね。でも、僕たちのみている美意識や、価値基準はクリアしないと、何でもいいしやってるじゃダメなんですよ。やっぱり「digmeout」から出て行くやつはカッコ良いし、みんな有名になっていくなぁっていうものをつくらなあかんから、そういう点は厳しくしてる。
そりゃそうですよね。
色んなアーティスト登録サイトとかもあるけど、何でもありじゃないんですよ。「digmeout」に入りたくてがんばってもらえるような環境にしてクオリティを上げていくような事にならないと。やるならやっぱり一流の仕事をしたいじゃないですか。その為に入ってからも努力するし、入りたい人はそれを目指して努力をする仕組みにしたいんですよ。
2006年に「digmeout」で全国ツアーをしましたよね。面白い出会いはありましたか?
面白い子がいっぱいいたよ。ボチボチ順番になっていくんじゃないかな。
それは2007年のお楽しみですか?
もうすでに一緒にやりたい子も何人かいるしね。
それから世界への戦略ももうプロジェクトとして動いているんですか?
最初から世界戦略を狙っていたんで、ウチの本は全部英語が対訳で出ているんですよ。もう世界中で売っているからね。海外の人の方が、良いものを観てコンタクトをしてくるからね。今はネット上で全部やりとりしているからね。サイトも海外のアクセスがかなり多いですしね。普通に世界って言えるし、難しいことじゃない。作家個人でやると大変な事は多いけど、「digmeout」ってフィルターを通してどんどん出て行けばいいんですよ。
じゃあ、日本・海外のアーティストっていう枠も関係無しで、「digmeout」からっていうのもあり得るんですよね。
そう。アムステルダムから大阪経由で世界へ出てもかまわないんですよ。
これを読んで気になったアーティストに何かありますか?
絵描きの子に言っているのは、5枚や10枚で全作品じゃだめ、とにかく数多く描くこと。そして人にみせること。コミュニケーションをとること。そこから広がりができるから。大阪の人は毎日ココに来なさいってね(笑)
アートヤードを読んだり、「digmeout」に来て、ここから何か生まれたら面白いですよね。
がんばってやってる人は街が観てる。そうすると僕らにも伝わってくるしね。あいつら最近面白いことしてるらしいでっとかね。机におったらわからないし、だからいつでもチラシとかフリーペーパーを見てるし、アートヤードも読んでるしね。
ありがとうございます。
そういう所から入ってくる情報はすごく大事。仕入れが大事ですからね(笑)










