今回のインタビューは、とあるデザイナーから勧められたのだが、これが聴いてみると最高にクール。さっそくそのグループに声をかけると、すぐにスペインはバルセロナからArt Yard informerに最高にクールなサウンドがやってきた。その名はThe Pinker Tones。MansoとFuriaのお二人に、彼らの素晴らしいエレクトロ・ミュージックやスペインのミュージックシーンについて語っていただいた。こんなにも楽しいライブショー、日本にも上陸は近い!?The Pinker Tones×Art Yard informer、スペシャルインタビュー。
●Art Yard informerのインタビューにようこそ。実はスペインのアーティストにインタビューするのは初めてです。まずはバンドがどのように作られたのかを教えていただけますか?
Manso: 僕らは大学で出会ったんだが、それから連絡が取れなくなったんだ。数年後、僕らは道ばたで3日間続けざまに会っちゃって、なにか運命のようなものが僕たちを引き合わせているんじゃないか、と考え始めたんだよね…。で、4日目に、Furiaさんから、俳優のクリストファー・リーが出るドキュメンタリー映画のサウンドトラックをやらないか?と電話で聞かれて、返事のメッセージを送った時には、運命は無視出来ないものだ、と決意したよ。それで、彼が電話して来て、一緒にやることになった。僕らはFuriaの古いアナログ・シンセと僕のコンピューターを用意して、The Pinker Tonesは生まれたんだよ!
●3日連続で会うなんてまさに運命ですね。ところであなたたちのバンド名である“The Pinker Tones”の由来は?
Furia: The Pinker Tonesという名のコンセプトはピンクパンサーの映画や、50年代から70年代のB級映画の数々からインスパイアされたものなんだ。ピンク・パンサーからは、ヘンリー・マンシーニ(映画音楽家・アカデミー作曲賞受賞作家のHenry Mancini)のユーモラスな音楽みたいなのとか、俺たちが実際に好きだったスパイ映画で、伝説的な"Pinkerton detective agency"にいつも登場していたエージェントからきているんだ。
●ユーモラスな部分はそこから来ていたのですね。では話題を変えて、10代の頃に一番音楽的に影響を受けた出来事は何でしたか?
Manso: 僕の10代の頃は、特別なこととかユニークな出来事って無かったんじゃないかな~。おそらく、僕に起こった最も重要なことって、その時期からずっと後になって、その頃の気分や心の状態を表してくれる曲は絶対にある、と発見したことなんだよね。たとえどんなに悲しかったり、ハッピーだったり、怒っていたり、夢中になったり、元気がなかったりしても、そこにはいつも他のミュージシャンが同じように感じるように音楽があったし、だからこそ、僕は一人じゃなかったんだ。
●なるほど。では、最近のライブで起こった出来事で印象に残っていることはありますか?
Furia: 俺たちがL.A.でやったコンサートの時、友人の一人に数多くのヒップホップの偉大なアーティストと仕事をしているやつがいて、彼が「とある人に会ってほしいんだ」と言って来たんだ。で、俺は突然、サイプレス・ヒルとビースティー・ボーイズのパーカッションのエリック・ボボの前に立っていた(笑)。彼はすっごくいい奴の上に、The Pinker Tonesの大ファンでもあるんだよ!
Manso: いつも何かが起こっているよな…僕たちのショウはとてもエネルギッシュで構成も入り組んでいるから、凄くたくさんのことがおかしなことになったり(笑)、転がり落ちる機会はたくさんあるし、なにかぶっ壊すか、予期しない事に見舞われるね。僕の一番のフェイバリットは、僕らが飛び跳ねて、それでステージの真ん中にあけちゃった穴に半分おっこちていたDj.Niñoを見回して探していたことかな。彼の足が下でぶらぶらしてて、上では半狂乱で腕をもがいていたし、まったくディズニーのアニメみたいだったよ。
●かなりおそろしいですね…(笑)そういえば、ライブの機材のセットなどはどういった感じなんでしょうか?レコーディングやミックスで特にこだわっている点はありますか?
Manso: 僕たちのライブではアルバムよりエレクトロニックにしているよ。僕たちは自分の曲をリミックスするのが好きで、ブートレグ盤のようなものを作っているし、リスナーにそれを見わけられるか?って挑戦をしている。Dj.Niñoを3人目のメンバーとして加えていて、彼の空中でのターンテーブルの演奏能力はよく知られているんだ。で、彼のターンテーブルとは別に、僕らはシンセやボコーダー、テルミン、電子ドラムやパーカッション、それにギターとベースを演奏しているよ。
Furia: 俺たちは、スタジオでは大抵の人々が想像するようなサンプルを使ってスタートさせる多くのエレクトロ・ミュージックのやり方とは異なった作業をしているんだけど、実のところ全ての楽器は自分自身で演奏して、自分たち自身でサンプリングし、それらから曲の編集をしているんだ。そのほうがよりオーガニックな感じだからね。
●では、最も影響を受けたアーティストは誰でしょうか?または最近のアーティストで気になる方はいますか?
Furia: 俺たちはずっと、すっごく音楽の消費者なんだよ。だから影響を受けられるものであればいつだって、バッハからでも影響を受けるよ。ただ感じるままにね。それにpinkerにも!でも、いろんな所を旅したり、様々な人に出会ったり、新たな場所を見たり、食べたものなんかの方が、聴いた音楽よりも影響があるね。新しい才能のある人なら、最近聞いたMidnight Juggernautsや、The Whitest Boy Alive、それにLeisure Society、それにDePedroというスペインのアーティストだ。彼は(昨年来日している)Calexicoとアルバムをレコーディングしているよ。
●そういえばCalexicoはDouble Famousとツアーをしていましたよね。ところで日本人としてはスペインのミュージックシーンでは音楽や、ファッション、それにホットなクラブなど、どういったものが人気があるか知りたいのですが?
Manso:いくつかの「スペイン」のシーンがあると思うよ。もちろん大きなメインストリームの音楽シーンはあるし、いくつかの別のロックやポップス、フォーク、mestizage(違う音楽カルチャーのミクスチャー)、それにエレクトロのインディーズのサークルはあるよね。
Furia:バルセロナからはいつも凄い音楽が出て来ているよ。Ovni、Pecker、Muchachitoなんかはチェックするといいよ。これはすっごく長いリストになるけど!
Manso: バルセロナのクラブに関しては『Razzmatazz』という僕らが最初にプレイしたクラブがあるよ。『Be Cool』という国内や海外のDJたちがプレイしているクラブも最高だね。あとは『Sala Apolo』という、凄く良いDJが集まったり、インディーズのライブもやっている3つのセクションのあるクラブも有名だよ。
●日本の音楽やカルチャーについてはどう思いますか?日本のアーティストで気になる方はいますか?
Furia: 俺たちがThe Pinker Tonesを始めたころ、凄くたくさんの日本のアーティストに興味があったよ。Plastic Fantastic MachineやPizzicato Five、Mansfieldとかね。日本の音楽は、新しい21世紀のはじまりには、すごく新鮮で、自由なサウンドに聞こえたよ。実をいうと、Pizzicato FiveのKonishi(小西康陽)は俺たちのファーストマキシの一つである"One Of Them"のリミックスをしているんだ。マドリードでも2、3年前にMansfieldとDJセッションをしたよ。凄かったし、本当にみんなともう一度会いたいよ。日本を訪れるのには、大きな理由だよね!
●では今後のご予定などを教えてくれますか?日本に来てプレイする予定は?
Manso: 日本に行ってロックしたい!マジな話、世界中を旅してまわって、5大陸でプレイしたけど、日本は僕らにとってまだまだ未知の国だから、すっごく日本に行ってプレイしたいよ。昨年は100回の公演を行ったんだけど、今年は違うバンドをプロデュースしたり、リミックスしたりして、もう少しスタジオワークに専念したいんだ。あと、米国とロシアでショウがあるけど、メインではスペインでプレイすると思う。来年の予定としては、新しいスタジオ・アルバムをリリースするし、プロモートのツアーをしながら他のアーティストをPinkerLand(※彼らのスタジオ)でプロデュースするよ。だから日本へのツアーもそのプランの中に含めたいんだよね。
●とても楽しみです。あのロックなプレイは日本でも見てみたいですね。では最後になりますが、ものづくりをしている若いアーティストが多いであろう、そんなArt Yard Informerの読者にむけてメッセージをお願いいたします。
Furia: 音楽には秘密の成分なんてないよ!(笑)
Manso:人生を楽しみはじめないとアートなんかわかんないよ!
Furia:それに、デューク・エリントン(「A列車で行こう」で有名な米国のジャズピアニスト)の言葉だが、「二種類の音楽がある。良い音楽と悪い音楽だ。挑戦し、良い音楽を作るんだ。そして、ジャンルやスタイルについてはくよくよするな」ってことを覚えておいてほしいよ。












