一人のアーティストが様々な経験を経て来た中で、その過去について振り返る時に去来するものは、どのような重さ、そして軽さなのだろうか?アーティストが向き合っているものについて、表現者としてあるべき姿で表現しつづけている彼の現在と過去について語っていただいた。そう、表紙はスネオヘアー!Art Yard informer × スネオヘアー。アートヤード5周年記念インタビュー。PHOTO:工藤栄一
協力 : Office Shirous, VOICE & HEART, KING RECORDS
●Artyard informerのインタビューへようこそ。よろしくお願いいたします。スネオヘアーというアーティストが誕生して今年で11年目ということですが、まずはお聞きしたいのは、1999年、まさにスネオヘアーとしての活動を開始した初期の頃から、様々な活動をふりかえって環境や心境はどのように変化していきましたか?
僕はもう、どんどん切り捨てていっているというか。99年・・・元々、僕は音楽事務所に務めていて、自分で音楽をやる、とかそういう発想はなかったんです。ま、できない、というか。大変だな、と思っていて。たまたま同郷のシュガーフィールズというグループをやっている方がインディー・レーベルを立ち上げたよ、というのを、後に僕の初代マネージャーになる地元のやつが教えてくれたんです。で、その頃も自宅で趣味程度に打ち込みで音楽をちょいちょい作っていたんですね。それで、宅録の機材―ま高かったですけどーよいものが録れるっていう情報もどんどん入って来て。興味もどんどん湧いて来て、「ミュージシャンになるんで(務め先を)辞めます」っていって。で、曲をいっぱい書いてそのインディー・レーベルに、まずは聴いてもらう、って感じでテープを送ったりしました。それが99年の最初のリリースに繋がるんですけど。そこから3年間、インディーズ活動したんですけど、下北沢GARAGEの出口くんがほんと毎週1、2回とかライブやらせてくれて。
「ラッキーナンバーがあるんですよ」と選んだトランプはArt Yard informer 5周年号の『5』という符合→そのまま表紙に。
●個人的にもその頃の下北沢GARAGEやインディーズ・シーンはとても印象深かったのですが、スネオさんが観客に対峙する感覚であったり、自分の音楽と向き合う内面的な感覚というのはそのころから変化していくのでしょうか?
これはもう、やっぱり大きく変わっていきますね。というのはもう、元々その・・・「発信したい人」じゃなかったんですね。ほんとに、音楽もモノ作りと考えれば、『モノ作り』がしたくて。人とのコミュニケーションが全然できなくて苦手だったので、自宅録音がすごく都合が良かった。アパートでそれをやってる、ってことでカタルシスというか…それ自体で成立していたんですね。「ライブやる」「発信する」みたいな意識がないので、MCもできないし、客席見れないし、みたいな。まあ表現、という意味では凄くオナニーのような。それがやっぱり、楽曲とか作品が増えていくにつれて純粋に「伝えたい」とか、足跡というか、「人の気持ちに残りたい」というかそういう想いが出て。そう考えると、いざ観客と対峙してライブした時に全然伝わんなかったりすると悔しいですよ、やっぱ。「なんで伝わんないんだろう」みたいな。だから、じゃあもう「(自分を外に向けて)出していこう」とそこで意識して、どんどんコミュニケーションをとる、とか音楽自体にも向き合いなおしたというか。僕はメジャー・デビューが31歳の時なんですけど、デビューする前にいろんな話が立ち消えたりして、音楽やる事自体、年齢的には遅かったので。あんまり夢を見ていないし、まあ、「いつまで続くかな」って感じで厳しさはありましたけどね。でも、そこで関わるスタッフの数とかも全然違いましたし、そうするとある種の責任感、「自分だけじゃないぞ」というのが。それはプレッシャーっていうのよりは「超やり甲斐!」みたいなかんじでしたね。
●なるほど。表現が外に向いていく過程で、そのきっかけとなった出来事はありましたか?
それは多分、取り組み方の問題だと思うんですが、出来事としてはなくて、自分の中に在るものを出したい、「痛い歯を弄りたい」みたいな感じで(笑)。そんなに期待はしてなかったとはいえ、GARAGE時代にもデビュー寸前って事があって、それでインディー・レーベルを紹介してくれたやつを田舎から東京に呼んでマネージャーにして。その話が寸前で立ち消えて、なんかよくわかんなくなった、っていうか。もっとより多くの届けたいマスに向けて、だったらそれはメジャーだ、みたいな。ただひっそりとやるだけじゃ面白くないというか、もっと繋がりを持ったものをやりたいというか、そういうところで、流通を含め多く広がっていく可能性のあるところっていったら、その時はメジャーだと思っていて。そしてそれが立ち消えた時、「何がやりてえんだろうな・・・」という感じになったんですよ。「そこが無かったら出来んのか」みたいな。それはデカかったですね。そうすると、GARAGEでまたガンガンにライブを突っ込んでくれて。そうすると、少ないけどお客さんは目当てに観に来てくれて。「ステージに立って発信できてる」、「やりたいのってこれだよね」みたいな。それが大きいか小さいかだけで。カッコいい曲作りたい、カッコいいライブやりたいなって。「これでいい」とは思わなかったんで微妙なんですけど、「もともとこれじゃん」って。そこからお客さんに救われた、みたいな感じはありましたね。音楽の力というか。ジョン・レノンとか好きだったですけど、世の中変える、みたいな。ぜんぜん、あの・・・何も信じてなかったですからね。「届かない、届かない」って言って、一番信じてなかったのは自分だった!みたいな感じはすごいしましたよね。
●信じていなかったというのも、やはり発信というのが頭に無かった頃だったのでしょうか?
そうですね・・・(その頃は)ライブも「イイね」って感覚も全然欲しくなくて。なんかこう、傷みたいにどっかに刺さればいいな、と思っていて。「すっげぇイヤなライブ観た」とか、何でもいいんですけど。何でもいいんですが(笑)、とにかく「メーター振れたい」っていうか。そういう感覚があったんですよね。でも、それって自分の強い打ち出しだけで。まあ、一方的なんですよ。コミュニケーションとしては成立するか、っていうと。でもそれが変わって来ました。
●そこで来てくれるお客さんに気付かされていった、という。
そうですねぇ、でも大体9割は俺が与えてますけどね(笑)。1割分くらいは・・・ってそんな事ないです(笑)。それまでそういう(オーディエンスとの)やり取りは気持ちわりぃ、と思ってたんです。ライブで決まり事みたいにやるとか。で、そう思ってたんですけど、やってみたことがあったんですよ。かなり後期に。で、やってみたら・・・楽しかったですね(笑)。
●あはは(笑)「ライブだ!」っていう感じで?
ええ、分かりやすかった(笑)。
●なるほど(笑)。では音楽的な質問になりますが、昨年のベストアルバムのリリース時は、さらにひとつの節目を迎えられたと思いますが、ベストアルバム以降の曲作りというのは、以前と比べて曲作りへの向き合い方に変化はありますか?
そうですね、いろんな想いが立ち上がっては消え、わかったようなつもりになって全然わかってなかったような事を繰り返していくんですけど、期限があるものに対してまとまった楽曲を上げていく、っていう体力には自信があるんですよね。ただ多作化が良いものなのか、曲が少ないけど情熱を注いで、というのが良いものなのか。やっぱり仕事っていうところもあるので難しいです。ただ、仕事が成功したら、それはもう意味がない仕事だと思うんですよ。やっぱ遊びが結果的に仕事になるくらいのノリというか。その感覚はすごくあって。だからどこかで、その自分なりの方法論、やりやすい方向でまとまってたのかな、って感じはしますね。いつもそれを形作っては解体していって、みたいなことなのかもしれないですけど。だからベスト以降は映画の仕事とかも挟まっていて、レーベルの契約が切れたり、マネージメントが無くなったり、プライベートでもいろいろとあったりして。音楽から全然離れてましたね、なんか。「俺、やったな」って感じがあったんじゃないですかね。好きな曲も何曲かあるし、表現出来たし・・・みたいなのはあったと思いますね。
●曲作りについてお伺いしますが、宅録をしていたデビュー当時と比べ、スネオヘアーとして作曲の方法は変わりましたか?それとも昔から一貫して同じでしょうか?
これ、変らないですねぇ。他のやり方が分からないというか。僕、プリプロも知らなかったですし、アレンジと全部一緒になってるんですよね。「アコギだけでメロディー歌っただけのでいい」って言われても、それは出来ないっていう。
●全て同時なんですね。完成形というのが頭の中に見えている感じですか?
そうですね、パキっとは全然してないんですけど、それ、すごい良いな、って再評価していて。宅録盤をほんと、出したいですよね。GARAGEのレーベルで出してくれるって言ってたんで(笑)
●良いですね。ほんと、全部一人でされてるんですね。
全部一人でやってます。一番最初の楽器は小4のカシオトーンですけど、そこからはすぐギターですね。クラシック・ギターもらって・・・親父に。もう今はモロ、ギターですね。
●6月にはミニアルバムも発売しましたが、今年最初の音源リリースということでタイトル曲「逆様ブリッジ」をはじめ、今回の作品は昨年のシングル『ロデオ』と比べて曲作りにおいて特に意識した部分はありますか?
気持ち変れど、やってることは同じなのかもしれないですけどね。あんまりリリースしたものを聴きかえすことって無かったんですけど、今年頭は二ヶ月くらいいろいろあって主夫やっていたんで。その時は音楽聴かなくて。最近、新しい人たちと出会いがあって、それでリリースの話も頂いたんですけども、曲書かなきゃな、って時に昔のやつ一回聴いてみたんです。「ロデオ」とか去年の3曲って全然良かったですね。「あ、懐かしい」とかって感覚なくって。ちょっとひっかかるところも、良いところも「自分じゃん」みたいな。だから今回もそう思えばそのままですし。
●では空いていた二ヶ月っていうのはすぐ戻れた感じだったのですか?
いや、コレがそうはいかなかったですね・・・やっぱり。僕、主夫やってたんだ!(二度目の宣言)(笑)ふふふ。
●リリースが決まってから音楽へのモードに切り替わったのでしょうか?
たぶんそうですね。発信できる状態じゃぜんぜんなかったので。環境もそうですし、何にもなくなって「どうすんだろうなぁ」みたいな。「もう音楽、いいのかな」みたいな。発信できてないな、みたいなのと・・・あと、やっぱり「発信したいヤツ」だったんですよね。これまでやって来た事はなんだったんだろうな、みたいな。それはさっき話していた「ライブに救われた」というのに近いんですけど、とっても必要な事だったんですよね。そのときのツライ感じというか、シーケンス回しながらぽつり、ぽつりと宅録状態でやるんですけど、ずーっとやってて。それをどうにかする、とかじゃなくて、やっぱり好きなんですよ、そのこと自体が。
●その「時間」が好き、ということなんですね。
「時間」、好きですね。で、そこでリリースの話をいただいて、「また出せる!」って嬉しさ、ったらないですね(笑)。やっぱ、音楽は聴いてもらってなんぼなんで。これはやっぱり嬉しかったですね。
●なるほど。ところでスネオヘアーとして音楽で表現したいことと、演じることで表現したいことはそれぞれ違った場所にあることでしょうか?それぞれに魅力があると思うのですが?
芝居は昔、3年間くらいずるずるとやってたんですけど、「ない!」って事に気付く3年間だったんですよ。3年間かけて、「ない!」っていう。あと、「無理だ」ってことに気付く3年間(笑)。僕はあの・・・まず覚えられないんですよ、セリフが。致命的なんですよ、「じっとしてろ」っていわれてもちょっと動く、みたいな(笑)
●ふふふ(笑)でも3年・・・1年でも辞めることはできましたよね?
まだ、はっきりしてなかったんじゃないですかね・・・大人数でものを作るというのが、映画もそうですけど、舞台とかの醍醐味だと思うんですけど、それが一番合わない、という。その時はそういう答えを出したんですね。なので、宅録とか最高!だったんですよね。一人で成立するんで。だからこれはもう、明らかというか、音楽はカタルシスというか自分の中のものを吐き出す、みたいな感じで、演技は役があるので、その役をどう向き合うか、ってことなので。自分を出す、というのは必要ないというか。今回やらせてもらった時も、浄念というお坊さんの役で、「浄念」なのか「スネオ」なのか、っていうところでずっと監督とやりとりしてた。「今のスネオさんでした」あっ、じゃあもう一回!みたいな。自分じゃない人を知る、ってことの興味はありましたね。そこは面白いんじゃないですかね。
●その映画『アブラクサスの祭』では初主演、役どころはお坊さまということで、演じられたスネオさんが感じる劇中の浄念とはどのような男でしょうか?
これはもう・・・とっても面倒くさい人ですね。周りを次々に巻き込んで・・・それは無意識なんですけども、巻き込んでいくしかない、という人ですね。精神的な病を患っていて、いちいちいろんな事に「慣れない」人なんですよね。いろんなことにぶち当たっちゃうんですけど、それはすごくロックだな、って感じはしますね。パンクな。でもすごく面倒くさい。多分、ぼろぼろになっていく生き方だな、って思って。自分には到底そんな生き方は出来ないですし。
●なるほど。原作での浄念の心の風景も印象的でしたが、心の中の「季節」のスピードというのが誰の中にもあると思うのですが・・・そういった心の季節の流れの「速い」「遅い」っていうのはスネオさんご自身はその時々で感じる事もありますか?
僕はあの、移ろいというか、「四季」と考えればその中間の発起というか、「うつろい」が好きですね。時間がやっぱりどんどん動いているな、って感じがして。寂しくなったり、変化していくことの怖さ、みたいな。根本で言えばやはり、生まれた瞬間に「いつか死ぬ」みたいなのが決定しているんで、そこ。とにかく「時間の流れ」みたいなものっていうのは、曲を自分でやる時とかに、すげぇグっとくるポイントだな、と。そういう感覚がないと、グっとこれないというか。良く成長したい、良く変っていきたいという変化したい気持ちもありますし、「変化したくない」というのもありますね。
●同時にあるんですね。では、音楽作品から俳優業まで幅広い意味で、スネオさんが最も影響を受けた方がいましたら教えて頂けますか?もちろん音楽以外でもかまいません。
そうですね、最も、っていうと・・・その時々で付き合って来た彼女とかですかね。付き合ってなくても、失敗した、というか、ものすごく好きだった女の子のことだったりしますかね。そういうところでは分かりやすいですね、僕。
●すごく日常的なところから影響を受けるという。
そうですね、ズバリ!日常です、僕。歌うのが日常であれば、影響を受けるのも日常という。音楽を聴いて、とか映画を観て、とか細かく言えばあるんですけど、自分の気持ちが一番動いている時なんで。ものすごくマックスに幸せにもなるし、もうやってけないんじゃないか、ってくらいのこともあったりとか。(そういう時は)ものすごく気持ちが動いているので、そういう意味ではものすごく影響を受けますね。
●家族についてもそうですか?
これは家族に申し訳ないんですけど、あんまり家に人の気配があるとモノ作りモードになれなくてですね、まとまった曲とかをアルバムで作らないといけない時は、みんな実家に帰ってもらったりとかしていましたね。それはもう決まり事みたいになっていた。あの・・・子供の曲を書いたり、それはまた自分としては大きな変化だったと思うんですけど。いろんなこと、言わなくていいことまで(楽曲で)オープンにしてきたんですけども、曲の対象が家族だ、てのは全然なくって。やっぱ、「自分」なんですよ、僕。でもその時は子供のことを歌いたいな、って思って。
●なるほど。モノ作りをする上でスネオさん自身の行動で自分の心が動くこともありますか?
そうですね、それはすごいあるんですよね。それは何かっていうと、ただ音楽を聴いてとかライブを観て、とかそういう事ではなくて、「熱くやりてぇな、俺も!」っていう、いつもそのスイッチを探しているみたいな感じで。それは飲んでいても、車に乗っても、バイクに乗っていても、そうなんですけど。田舎を歩いていても。僕が歌っている事って、(日常と)近いと思いますよ。でも自分が一番リアリティーを持てるのってそこで。音楽って(表現上)自由なんで、なんか宇宙まで、月や星まで行けたりすると思うんですけど、自分でやることに対しては、ぜんぜんそこに魅力を感じない。やっぱり日常。そこで暮らしている中で気持ちが動いていく、というか。
●ところで、これからスネオさんが挑戦してみたいことってありますか?
さっき言ってた宅録盤ですね。それと、サントラを何回かやらせてもらったんですけど、サントラはまたやってみたいですね。自分のイメージしているものを絵面にするのが自分の音楽だとすると、もう最初に絵があるんで。そこに対して自分がやらせてもらっている音楽でアプローチできる、っていうのは演じる事と音楽の中間にいるというか、なんか面白いんですよね。語りすぎちゃうところもありますし、それを歌わずして。水墨画みたいな。描かないで音楽で描く、みたいな。難しいけど、面白いですね。あとは、映画「アブラクサスの祭」が公開された暁にはですね、もう、来た仕事全部やりたい!ぞ、と(笑)。殺し屋でも死んじゃう役でもなんでも(笑)
●(笑)そういえば、先日弾き語りで下北沢GARAGEで2日連続で演奏されていましたが、弾き語りの時っていうのはバンドの時との楽しみ方の違いはありますか?
そうですね、バンドでカウントで出たらそのままのテンポなんで、弾き語りはそれをもう・・・すごくリットさせたり。だから、すごく演劇に近い感じになりますよね。より表現ができるというか。自由度が高いので。バンドの時は「バカヤロー」つって・・・わーっなんて言いますけどね。好きだ!なんて。でも一人の時はぽつり、ぽつり、ですよほんと。やっぱ、騒ぐような感じにはなんないんで。
●なるほど。では最後に、Art Yard informerの読者、そして表現者であろうとする若いアーティストたちに向けてメッセージをお願いします。
とにかく、味方は自分しかいないんで、自分がいちばん自分の事を信じてやるというか、(自分自身の)ファンでいることですね。(自分が)一番厳しいファンですよ。
●じゃあスネオさんもご自分が一番厳しいファン?
僕、自分に対してアマいですね!(笑)ほめて伸ばしてあげるタイプなんで、打つと食い込んじゃいますよね。でも、やっぱり自分がまあいいや、ってことになればいいや、ってことになっちゃいますし、またやりたい!って思うのも自分ですし。止めるも続けるも自分なんで。自分に正直にいれば。「想うようになる」みたいな事ってあるじゃないですか?嘘だと思ってたんですが、想う、ということはそれに対して動く、ってことなんで。テープ送ったり、みたいな。だからそれは絶対届いていくと思いますね。
●そうですね。今日はありがとうございました!
End










