一本のギターと歌声のみの演奏で、こんなにはっとさせられたのはいつぶりだろうか。儚いような、強いような、そんな瞬間が折々と見え隠れする。響く、漂う、染み込む、どれが適切な言葉かが分からないほどふわりと広がってくる青葉市子の世界に、何か不思議な感覚を覚えた方も少なくないだろう。
そして彼女が表現するアートにもまた、不思議な魅力を感じる。どこか神話的な表現が心にしっかりと残る、数々の美しく個性的なイラストレーション。
そんな彼女は5月15日にartyardstudioでリミテッド単独公演を行う。何も決め込まずに彼女らしく、その時の変化を自然に楽しみながらプレイしてくれることだろう。白い空間に彼女の音楽が広がるのがとても楽しみである。ArtYard ×リミテッド単独公演企画第3弾、青葉市子ロングインタビュー。
●ArtYardのインタビューへようこそ。それではよろしくお願いします。まず幼少時代の頃についてお聞きしたいのですが、どんなお子さんでしたか?
もともと家にあったトイピアノとよく遊んでいました。テレビで流れているCMの音とか、そういうものを聴いて。幼稚園の頃はセーラームーンにはまっていて、オープニングの曲が始まる前にトイピアノをテレビの前に置いて待ち構えていました。鍵盤の数が少ないので、やがて(鍵盤が)足りないって言うようになって。おばあちゃんが大きめの電子ピアノを買ってくれて。リズムやベースを付けられる機能がついていて、それで遊んでいましたね。
●ピアノからだったんですね。
小学校2年生くらいの頃に習い始めましたが、先生が嫌で一瞬で辞めてしまいました(笑)。
●!(笑)・・ギターを弾くようになったのはいつ頃だったんですか?
中学生の頃は吹奏楽部でクラリネットを吹いていました。高校生になってから軽音部に入ってエレキギターを買いました。クラシックギターに変えたのが高校3年生の時です。きっかけは…部活の中でバンドを組んでいたのですが、カバーしたい曲も特になく、バンドの他の子達がやりたいって言っていた東京事変などのカバーを演奏していました。エレキギターに限らず、ドラム、キーボード、ベース、空いているパートをやっている感じでした。やがてバンドサウンドは自分には合ってないなっていう風に思ってきまして。声も張れないので。ちょうどその頃、クラシックギターで弾き語りをする山田庵巳さんという方を偶々見つけて。その方の演奏をよく聴くようになって、家にも偶然クラシックギターがあったので、それでその方の真似をして、ホームページの試聴を聴きながらコピーするっていうのをしばらくやっているうちに弾けるようになりました。クラシックギターの音に触れた最初のきっかけですね。中学の頃の吹奏楽でやっていたクラシックの曲とかを思い出してギターで弾いたりして遊んでいました。
●なるほど。元々おうちにあったギターは・・・
ギターは父のコレクションなんです。弾いたところは見たことがないですね。父の部屋に忍び込んだ時に、ほこりがかぶって弦も何十年も替えられてないような可哀想なギターがあって(笑)それを弾き始めた感じです。
●そうなんですね。オリジナルの曲は徐々に出来ていった感じなのでしょうか?
当時はまだ高校生で京都に居たんですけど、山田庵巳さんの演奏を東京に聴きに行きたいなと思いまして。山田さんがよく演奏していた銀座のライブバーみたいなところに何回か見に行きました。そこで山田さんの楽器を弾かせて頂いた機会があって、よくコピーしていた山田さんの曲を演奏したら、そこのマスターが「うちで飛び入りライブみたいなことやってるからやってみようよ」って言ってくれました。でもその頃は歌うこと、人前で声を出すということがとても苦手でした。曲がないって言ったら「作ればいいじゃん」って。そこで無理矢理できた曲が「ココロノセカイ」という曲です。同時進行で「不和リン」という曲の断片みたいなものも出来ていました。この2曲だけが持ち曲になって。何回か飛び入りで演奏していくうちに、だんだん他の曲もできてきて、しっかり青葉市子としてライブを始めたのは2009年の2月に行われた「乙女大図鑑」というイベントですね。
●二年前…けっこう最近ですね。青葉さんの曲はいい意味で型にはまってない、しかもその若さでこの雰囲気は凄いなと感じているのですが。制作のプロセスについてお聞かせ下さい。
こういう音楽が作りたいとか、軸になる作り方っていうのは特になくて、自分でもよく分からないんです。とりあえず生まれてくるものを残す、だけです。なので普段から曲を作らなきゃとか、歌詞を書かなきゃみたいな事はなくて、普段ゆるやかに生活をしている中で(曲や詞が)降りてきた時に残す。AメロBメロとかも、自分の曲だとどこに当てはまるのだろう?っていうのもあるし。
●その決め込んでいない感じがとても良いですよね。
それだけにパワーを注ぐ、ということがないんですよね。ご飯を食べるとか運動するとか、そういう生活の中にあるだけ、という感じですね。
●じゃあ音楽がなくなっても平気?極論ですが(笑)
どうだろう、平気かも(笑)…ご飯がなくなる、というのとは違いますからね。違う趣味に変えろって言われたらできるかもしれない。あまり音楽に対して熱い気持ちみたいなものがないのかもしれないです、失礼な話なんですけど。深く考えたこともないし…
●極端なことを聞いてしまいましたね、すみません(笑)。ただ、ないと生きていけないって言うひとが多いから、どうなのかなって。
でも音楽がなくなる事はないですよね。
●そうですね。では音楽以外はどうですか?ホームページのイラストもご自身で描かれていますよね。かなり独特なテイストですが?
絵、どうなんだろう?好きなのかな、ちょっと自分でも何が好きなのかよく分かってない…。
●好きなのだろうとは思いますけど(笑)
意識はしていないのですが、溶け込むと自然に入っていくんですよね。でもよく気持ち悪いって言われます、絵を描いていると。絵も音楽と一緒で、何を描こう、というものはないんですね。とりあえず目を描くとか、指先を描くとか。一筆書きのように手に任せて流していますね。
●リリースされている2作品のジャケットは無地ですよね、意図的なものですよね?
CDを作ろうというお話を頂いた時に、デザイナーさんがいろいろなデザインを下さったんですけど、どれもしっくりこなくて。写真を載せるのはどうか、みたいな話もあったのですが、それもイヤで。考えても考えても何も浮かばなかったのです。何もないってことは、そのままでいいんじゃないかなって。"何も浮かばない"ということで真っ白にしたわけです。2ndに関しては、1stに比べて音に温度が感じられるものになったと思ったので、"人肌の色"ということで肌色にしました。これは後付けなんですけど、1stは骨、2ndは肉体、かなって。
●でも、無地で行くことに周りからOKは出なかったのでは?
驚いていましたね。でも、まぁいいんじゃないっていう感じでした(笑)。基本的に好きなようにさせて下さっています。手のかかる作業や大きなイベントに出演するような時はスタッフの方に助けて頂いていますが、基本は自分で、という感じです。ただ、そういうスタイルにして下さっているおかげで、普通に大学に通っていると見えないような社会の流れとか、やりとりする相手の方はほとんどが年上の方なので、ご挨拶も含め身を以て学ぶことが多いですね。このやり方で一緒にお仕事をして下さるっていうのはとてもありがたいことだと思っています。
●なるほど。では青葉さんの作る音楽に強く影響を与えているものはありますか?
特にこの人から、とかそういったものはないですね。自然の流れに従っている…ただ、一つ言えるのはノンフィクションだということです。私が経験したこと、想像の世界も少し混ざってはいますけど、元になるお話は全てノンフィクション。歌詞が出てくるタイミングはばらばらなんですが、例えば、駅に花が落ちていた、その事について情報が来る→情報を書き起こす、あれ?これ普通のことですね、すみません(笑)。メロディは…私は歌詞から書くのですが、歌詞から流れてくる音っていうのがあって、それで組み立てていくというやり方もありますね。遊びながら出来る場合もあります。
●分かりました。ここ数年でライブの回数や場所等、幅が広がっていると思うのですが。ご自身の中で以前と何か変化を感じられる部分はありますか?
ありますね。しっかりとした変化は、自分と向き合うということについてですね。最初は演奏すること自体が自分の意思ではなかったので。ステージも無理矢理でしたし、デビュー前の東京でのツアーも、応援して下さる方が決めて下さっていた感じで。演奏している時もただがむしゃらで、気がついたら終わっている。演奏することが"楽しい"より"苦しい"に近い感じでした。やらされているというような念ではなくて、分からないという感じでした。不安というか。そんな中、昨年Springfieldsというイベントに出させて頂いて、3公演で細野晴臣さんや大貫妙子さんと共演させて頂いたのですが、そこで、はっと気づいたことがありました。演奏をするということは、一番自分と向き合えることであって、そんなに恐れることではなかったというか、むしろ大事にできる時間じゃないのかなって。
●それは他の方々の演奏を見て感じたんですか?
自分が演奏してみて分かったことですね。失礼な話なのですが(笑)沢山のお客さんが居て、それは皆、鏡になっているんだということに気がついて、そこに映った私にびっくりしました。そこからですね、ちゃんと意識ができるようになったのは。今は穏やかです、特に最近は…地震が起こってからも何回かライブはしてるのですが、その中で音を奏でるということは、私にとって祈りだと気が付きました。自分と向き合う時というのは力がある時、パワーが生まれる=祈り。と思ってありがたく演奏させて頂いています。
●伝えるっていう部分に対してはどう感じていますか?
私は、ステージに立っている時には自分と向き合っている、それがお仕事にできるということは特別であり、素敵なことでとても感謝しています。私の演奏を聴きに来て下さる方たちも、自分と向き合ってもらえたら、お互いにそれが出来る空間になればいいなと思っています。
●なるほど。では共演や今まで出会った中で印象的なアーティストの方がいれば教えて下さい。
よくカバーさせて頂いているのは大貫妙子さんです。ライブを始めた頃に来て下さっていたお客さんやお店のマスターが、大貫妙子さん知ってる?って。その時は知らなくて。絶対聴くと良いからって言われていて。それで、ある時ふと耳に入ってきた事がありました。それが何のきっかけかは忘れてしまいましたが、大貫さんの歌声を聴いていると、音楽を聴いているというのではなくて、自分の中に入ってきて発信しているような気持ちになるんです。受け身だけではない感じになって。それから沢山聴くようになりました。ちょうどその時期にSpringfieldsの東京公演でお会いできて、びっくりしました(笑)。楽屋でご一緒するじゃないですか、私のすぐ後ろに座ってらっしゃって、こんなでした(身を小さくする青葉さん)。横には原田知世さんもいらして…。
大貫さんの音楽を一番聴きこんでいて好きになりたてだったので、こんな機会はもう一生ないかもしれないと思って、何か話さないとって。大貫さんがご自身でお米を作ってらっしゃるのは知っていたので、これはお米の話!と思って「あ、あの…お米の話なんですが、大貫さん、玄米と白米の育て方はどう違うんでしょうか…」って聞いたら「あなたね、玄米を精米したら白米になるんでしょ!」って言われて、もう大失敗(笑)。パニックになりすぎてたんですね。その後は自分にショックを受けてしょぼーんとしていました(笑)、でも、全公演が終わって楽屋で2人きりになった時に、持っていた大貫さんのライブのDVDにサインを頂いたり、カバーをさせて頂いていることもお話しして。「どんどんやって!」って言って下さって。打ち上げの時もいろいろお付き合い頂いて。そういう思い出があります。もう一緒に居られただけで充分幸せでした。
●素敵ですね。では同世代で、注目しているミュージシャンはいますか?
AZUMA HITOMIさんですね。私とは音楽的に正反対の…テクノ音楽っていうのかな。その方とは、よく来て下さるお客さまを通じて知り合ったのですが、お互いライブがあると見に行ったりしていますね。AZUMAさんの音楽を聴いていると、受け身というのではなくて、自分の鏡になってくれる。メジャーデビューの記念ライブにも行かせて頂きました。オールスタンディングで、ほとんどお客さんで前が見えませんでした。でも目の前に大きな鏡があって、そこに世界が映る、私の周りが映っていたり。AZUMAさんがどう思ってくれているかは分からないのですが、私は一方的にそういうものを感じながら聴いています。
●なるほど。では音楽以外で気になっていること等があればお聞かせ下さい。
普段の生活で心を入れて取り組んでいるのは、お料理とか、、「生活」ですね。あたりまえにあったことを、しっかりと見つめ直すようにはしていますね。これは一人暮らしをしてみて分かったことなんですけど。野菜とか食材を見ていると可愛いって思ったり。いただきます!っていう気持ちになったり。育てているパセリの様子を眺めていたり…何気ない普段の生活をもうちょっと細かく分けて注目していく、気になっていることというか、、そういう風に自分が変わっていっている感じですね。
●そうなんですね。粘土もされるってTwitterで拝見したんですが、ホームページのアーティスト写真で使われているお面は?
あれは韓国の魔除けのお面で、作ったものではないんです。東京のおばあちゃんの家にあったもので。要らないって言われたのでもらいました。韓国ではお祭りで使うお面らしくて、そこに子供達が好きな絵を描くらしいんです。紙でできていて土に混ざる素材みたいで、お祭りが終わった後に気持ちを返すということでお面を土に返すらしいんです。詳しく調べてはいないのですがそういう風に聞きました。このお面は、おばあちゃん家から持って帰る時にギターケースに入れたんですね。それを入れっぱなしのままにしていて。写真撮影の時に、こんなのがある!という思いつきで。
●てっきり作ったものだと思っていました。
でも別のお面を粘土で既に作ってはいます(笑)この間、青山のCAYという所でリリースワンマンがあったのですが、その時には粘土の作品も展示しました。壊れないように持っていければ、大阪の公演でも展示できたらいいですね。
●ぜひぜひ。その公演ですが5月にartyard studioで演奏して頂くということで、よろしくお願いします。何かイメージしていることがあればお聞きしたいです。
いつもライブに関しては、そんなに構成とかを練って考えないんですね。なので、その時に生まれてくるものを楽しみにしています。来て下さるお客さんによっても変わってきますし、各会場で違ったやりとりがあると思うので。
●ワンマンっていうことの特別な意識っていうのはありますか?
時間配分が長いことくらいですかね…私も考え中のことで、まだはっきりとした答えは出ていないんですけど、自分の周りで起こっている全ての事というのは、自分の鏡なんだなって。なので他の出演者の方がいる時は、その方の歌だったり、そこで生まれる空気が自分にどう関係しているのか、自分と向き合う時間として大事に過ごしています。今回の震災があって、より明確にそれを感じられるようになりました。
●そうですか、では青葉さんのこれからの活動について、お聞かせ下さい。
何も考えてないんです。考えていることというのは、明日明後日でもころって変わってしまうものなので。このまま、風のように、わあーっと(笑)。漂うように生活していきたいです。
●なるほど(笑) では最後に読者の方にメッセージをお願いします。
メッセージは、今までお話してきた事の中から、皆さんそれぞれに読み取ってもらえたら嬉しいです。
●それではワンマンライブではよろしくお願いします。ありがとうございました!
青葉市子 OfficialSite
http://www.ichikoaoba.info/
Live info
5/15(日)
青葉市子 ワンマンライブ
@artyardstudio
OPEN 18:00 START 18:30 c/3,000yen(+1drink 500yen)
ただ今予約受付中!
>>予約はコチラよりどうぞ
もともと家にあったトイピアノとよく遊んでいました。テレビで流れているCMの音とか、そういうものを聴いて。幼稚園の頃はセーラームーンにはまっていて、オープニングの曲が始まる前にトイピアノをテレビの前に置いて待ち構えていました。鍵盤の数が少ないので、やがて(鍵盤が)足りないって言うようになって。おばあちゃんが大きめの電子ピアノを買ってくれて。リズムやベースを付けられる機能がついていて、それで遊んでいましたね。
●ピアノからだったんですね。
小学校2年生くらいの頃に習い始めましたが、先生が嫌で一瞬で辞めてしまいました(笑)。
●!(笑)・・ギターを弾くようになったのはいつ頃だったんですか?
中学生の頃は吹奏楽部でクラリネットを吹いていました。高校生になってから軽音部に入ってエレキギターを買いました。クラシックギターに変えたのが高校3年生の時です。きっかけは…部活の中でバンドを組んでいたのですが、カバーしたい曲も特になく、バンドの他の子達がやりたいって言っていた東京事変などのカバーを演奏していました。エレキギターに限らず、ドラム、キーボード、ベース、空いているパートをやっている感じでした。やがてバンドサウンドは自分には合ってないなっていう風に思ってきまして。声も張れないので。ちょうどその頃、クラシックギターで弾き語りをする山田庵巳さんという方を偶々見つけて。その方の演奏をよく聴くようになって、家にも偶然クラシックギターがあったので、それでその方の真似をして、ホームページの試聴を聴きながらコピーするっていうのをしばらくやっているうちに弾けるようになりました。クラシックギターの音に触れた最初のきっかけですね。中学の頃の吹奏楽でやっていたクラシックの曲とかを思い出してギターで弾いたりして遊んでいました。
●なるほど。元々おうちにあったギターは・・・
ギターは父のコレクションなんです。弾いたところは見たことがないですね。父の部屋に忍び込んだ時に、ほこりがかぶって弦も何十年も替えられてないような可哀想なギターがあって(笑)それを弾き始めた感じです。
●そうなんですね。オリジナルの曲は徐々に出来ていった感じなのでしょうか?
当時はまだ高校生で京都に居たんですけど、山田庵巳さんの演奏を東京に聴きに行きたいなと思いまして。山田さんがよく演奏していた銀座のライブバーみたいなところに何回か見に行きました。そこで山田さんの楽器を弾かせて頂いた機会があって、よくコピーしていた山田さんの曲を演奏したら、そこのマスターが「うちで飛び入りライブみたいなことやってるからやってみようよ」って言ってくれました。でもその頃は歌うこと、人前で声を出すということがとても苦手でした。曲がないって言ったら「作ればいいじゃん」って。そこで無理矢理できた曲が「ココロノセカイ」という曲です。同時進行で「不和リン」という曲の断片みたいなものも出来ていました。この2曲だけが持ち曲になって。何回か飛び入りで演奏していくうちに、だんだん他の曲もできてきて、しっかり青葉市子としてライブを始めたのは2009年の2月に行われた「乙女大図鑑」というイベントですね。
●二年前…けっこう最近ですね。青葉さんの曲はいい意味で型にはまってない、しかもその若さでこの雰囲気は凄いなと感じているのですが。制作のプロセスについてお聞かせ下さい。
こういう音楽が作りたいとか、軸になる作り方っていうのは特になくて、自分でもよく分からないんです。とりあえず生まれてくるものを残す、だけです。なので普段から曲を作らなきゃとか、歌詞を書かなきゃみたいな事はなくて、普段ゆるやかに生活をしている中で(曲や詞が)降りてきた時に残す。AメロBメロとかも、自分の曲だとどこに当てはまるのだろう?っていうのもあるし。
●その決め込んでいない感じがとても良いですよね。
それだけにパワーを注ぐ、ということがないんですよね。ご飯を食べるとか運動するとか、そういう生活の中にあるだけ、という感じですね。
●じゃあ音楽がなくなっても平気?極論ですが(笑)
どうだろう、平気かも(笑)…ご飯がなくなる、というのとは違いますからね。違う趣味に変えろって言われたらできるかもしれない。あまり音楽に対して熱い気持ちみたいなものがないのかもしれないです、失礼な話なんですけど。深く考えたこともないし…
●極端なことを聞いてしまいましたね、すみません(笑)。ただ、ないと生きていけないって言うひとが多いから、どうなのかなって。
でも音楽がなくなる事はないですよね。
●そうですね。では音楽以外はどうですか?ホームページのイラストもご自身で描かれていますよね。かなり独特なテイストですが?
絵、どうなんだろう?好きなのかな、ちょっと自分でも何が好きなのかよく分かってない…。
●好きなのだろうとは思いますけど(笑)
意識はしていないのですが、溶け込むと自然に入っていくんですよね。でもよく気持ち悪いって言われます、絵を描いていると。絵も音楽と一緒で、何を描こう、というものはないんですね。とりあえず目を描くとか、指先を描くとか。一筆書きのように手に任せて流していますね。
●リリースされている2作品のジャケットは無地ですよね、意図的なものですよね?
CDを作ろうというお話を頂いた時に、デザイナーさんがいろいろなデザインを下さったんですけど、どれもしっくりこなくて。写真を載せるのはどうか、みたいな話もあったのですが、それもイヤで。考えても考えても何も浮かばなかったのです。何もないってことは、そのままでいいんじゃないかなって。"何も浮かばない"ということで真っ白にしたわけです。2ndに関しては、1stに比べて音に温度が感じられるものになったと思ったので、"人肌の色"ということで肌色にしました。これは後付けなんですけど、1stは骨、2ndは肉体、かなって。
●でも、無地で行くことに周りからOKは出なかったのでは?
驚いていましたね。でも、まぁいいんじゃないっていう感じでした(笑)。基本的に好きなようにさせて下さっています。手のかかる作業や大きなイベントに出演するような時はスタッフの方に助けて頂いていますが、基本は自分で、という感じです。ただ、そういうスタイルにして下さっているおかげで、普通に大学に通っていると見えないような社会の流れとか、やりとりする相手の方はほとんどが年上の方なので、ご挨拶も含め身を以て学ぶことが多いですね。このやり方で一緒にお仕事をして下さるっていうのはとてもありがたいことだと思っています。
●なるほど。では青葉さんの作る音楽に強く影響を与えているものはありますか?
特にこの人から、とかそういったものはないですね。自然の流れに従っている…ただ、一つ言えるのはノンフィクションだということです。私が経験したこと、想像の世界も少し混ざってはいますけど、元になるお話は全てノンフィクション。歌詞が出てくるタイミングはばらばらなんですが、例えば、駅に花が落ちていた、その事について情報が来る→情報を書き起こす、あれ?これ普通のことですね、すみません(笑)。メロディは…私は歌詞から書くのですが、歌詞から流れてくる音っていうのがあって、それで組み立てていくというやり方もありますね。遊びながら出来る場合もあります。
●分かりました。ここ数年でライブの回数や場所等、幅が広がっていると思うのですが。ご自身の中で以前と何か変化を感じられる部分はありますか?
ありますね。しっかりとした変化は、自分と向き合うということについてですね。最初は演奏すること自体が自分の意思ではなかったので。ステージも無理矢理でしたし、デビュー前の東京でのツアーも、応援して下さる方が決めて下さっていた感じで。演奏している時もただがむしゃらで、気がついたら終わっている。演奏することが"楽しい"より"苦しい"に近い感じでした。やらされているというような念ではなくて、分からないという感じでした。不安というか。そんな中、昨年Springfieldsというイベントに出させて頂いて、3公演で細野晴臣さんや大貫妙子さんと共演させて頂いたのですが、そこで、はっと気づいたことがありました。演奏をするということは、一番自分と向き合えることであって、そんなに恐れることではなかったというか、むしろ大事にできる時間じゃないのかなって。
●それは他の方々の演奏を見て感じたんですか?
自分が演奏してみて分かったことですね。失礼な話なのですが(笑)沢山のお客さんが居て、それは皆、鏡になっているんだということに気がついて、そこに映った私にびっくりしました。そこからですね、ちゃんと意識ができるようになったのは。今は穏やかです、特に最近は…地震が起こってからも何回かライブはしてるのですが、その中で音を奏でるということは、私にとって祈りだと気が付きました。自分と向き合う時というのは力がある時、パワーが生まれる=祈り。と思ってありがたく演奏させて頂いています。
●伝えるっていう部分に対してはどう感じていますか?
私は、ステージに立っている時には自分と向き合っている、それがお仕事にできるということは特別であり、素敵なことでとても感謝しています。私の演奏を聴きに来て下さる方たちも、自分と向き合ってもらえたら、お互いにそれが出来る空間になればいいなと思っています。
●なるほど。では共演や今まで出会った中で印象的なアーティストの方がいれば教えて下さい。
よくカバーさせて頂いているのは大貫妙子さんです。ライブを始めた頃に来て下さっていたお客さんやお店のマスターが、大貫妙子さん知ってる?って。その時は知らなくて。絶対聴くと良いからって言われていて。それで、ある時ふと耳に入ってきた事がありました。それが何のきっかけかは忘れてしまいましたが、大貫さんの歌声を聴いていると、音楽を聴いているというのではなくて、自分の中に入ってきて発信しているような気持ちになるんです。受け身だけではない感じになって。それから沢山聴くようになりました。ちょうどその時期にSpringfieldsの東京公演でお会いできて、びっくりしました(笑)。楽屋でご一緒するじゃないですか、私のすぐ後ろに座ってらっしゃって、こんなでした(身を小さくする青葉さん)。横には原田知世さんもいらして…。
大貫さんの音楽を一番聴きこんでいて好きになりたてだったので、こんな機会はもう一生ないかもしれないと思って、何か話さないとって。大貫さんがご自身でお米を作ってらっしゃるのは知っていたので、これはお米の話!と思って「あ、あの…お米の話なんですが、大貫さん、玄米と白米の育て方はどう違うんでしょうか…」って聞いたら「あなたね、玄米を精米したら白米になるんでしょ!」って言われて、もう大失敗(笑)。パニックになりすぎてたんですね。その後は自分にショックを受けてしょぼーんとしていました(笑)、でも、全公演が終わって楽屋で2人きりになった時に、持っていた大貫さんのライブのDVDにサインを頂いたり、カバーをさせて頂いていることもお話しして。「どんどんやって!」って言って下さって。打ち上げの時もいろいろお付き合い頂いて。そういう思い出があります。もう一緒に居られただけで充分幸せでした。
●素敵ですね。では同世代で、注目しているミュージシャンはいますか?
AZUMA HITOMIさんですね。私とは音楽的に正反対の…テクノ音楽っていうのかな。その方とは、よく来て下さるお客さまを通じて知り合ったのですが、お互いライブがあると見に行ったりしていますね。AZUMAさんの音楽を聴いていると、受け身というのではなくて、自分の鏡になってくれる。メジャーデビューの記念ライブにも行かせて頂きました。オールスタンディングで、ほとんどお客さんで前が見えませんでした。でも目の前に大きな鏡があって、そこに世界が映る、私の周りが映っていたり。AZUMAさんがどう思ってくれているかは分からないのですが、私は一方的にそういうものを感じながら聴いています。
●なるほど。では音楽以外で気になっていること等があればお聞かせ下さい。
普段の生活で心を入れて取り組んでいるのは、お料理とか、、「生活」ですね。あたりまえにあったことを、しっかりと見つめ直すようにはしていますね。これは一人暮らしをしてみて分かったことなんですけど。野菜とか食材を見ていると可愛いって思ったり。いただきます!っていう気持ちになったり。育てているパセリの様子を眺めていたり…何気ない普段の生活をもうちょっと細かく分けて注目していく、気になっていることというか、、そういう風に自分が変わっていっている感じですね。
●そうなんですね。粘土もされるってTwitterで拝見したんですが、ホームページのアーティスト写真で使われているお面は?
あれは韓国の魔除けのお面で、作ったものではないんです。東京のおばあちゃんの家にあったもので。要らないって言われたのでもらいました。韓国ではお祭りで使うお面らしくて、そこに子供達が好きな絵を描くらしいんです。紙でできていて土に混ざる素材みたいで、お祭りが終わった後に気持ちを返すということでお面を土に返すらしいんです。詳しく調べてはいないのですがそういう風に聞きました。このお面は、おばあちゃん家から持って帰る時にギターケースに入れたんですね。それを入れっぱなしのままにしていて。写真撮影の時に、こんなのがある!という思いつきで。
●てっきり作ったものだと思っていました。
でも別のお面を粘土で既に作ってはいます(笑)この間、青山のCAYという所でリリースワンマンがあったのですが、その時には粘土の作品も展示しました。壊れないように持っていければ、大阪の公演でも展示できたらいいですね。
●ぜひぜひ。その公演ですが5月にartyard studioで演奏して頂くということで、よろしくお願いします。何かイメージしていることがあればお聞きしたいです。
いつもライブに関しては、そんなに構成とかを練って考えないんですね。なので、その時に生まれてくるものを楽しみにしています。来て下さるお客さんによっても変わってきますし、各会場で違ったやりとりがあると思うので。
●ワンマンっていうことの特別な意識っていうのはありますか?
時間配分が長いことくらいですかね…私も考え中のことで、まだはっきりとした答えは出ていないんですけど、自分の周りで起こっている全ての事というのは、自分の鏡なんだなって。なので他の出演者の方がいる時は、その方の歌だったり、そこで生まれる空気が自分にどう関係しているのか、自分と向き合う時間として大事に過ごしています。今回の震災があって、より明確にそれを感じられるようになりました。
●そうですか、では青葉さんのこれからの活動について、お聞かせ下さい。
何も考えてないんです。考えていることというのは、明日明後日でもころって変わってしまうものなので。このまま、風のように、わあーっと(笑)。漂うように生活していきたいです。
●なるほど(笑) では最後に読者の方にメッセージをお願いします。
メッセージは、今までお話してきた事の中から、皆さんそれぞれに読み取ってもらえたら嬉しいです。
●それではワンマンライブではよろしくお願いします。ありがとうございました!
青葉市子 OfficialSite
http://www.ichikoaoba.info/
Live info
5/15(日)
青葉市子 ワンマンライブ
@artyardstudio
OPEN 18:00 START 18:30 c/3,000yen(+1drink 500yen)
ただ今予約受付中!
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