ENO・HYDE『High Life』「余裕」が音楽にもたらす効果

「余裕」が音楽にもたらす効果

ブライアン・イーノとカール・ハイドの『HIGH LIFE』

文・オーエン•クーニー

ブライアン•イーノという男は普通の人生を送っているわけではない。1996年出版の日記•エッセイ集「A Year with Swollen Appendices (1996)」では彼のぎっちり詰まった日常を垣間みることができる。

4月27日:地元の町(イギリス郊外)でデヴィッド•ボウイからの電話で最近リリースされたアルバム(イーノがプロデュースしたOUTSIDE)について話す。

4月30日:戦争中のボスニアへ飛び、チャリティー団体WAR CHILDの会議に参加する。

5月9日:アイルランド、ダブリンでU2とミーティングする。(オペラ歌手のバヴァロッティが電話で参加)

Eno Hyde_Nick Robertson_2014

彼は音楽業界の超大物と仕事をおこない、大プロジェクトに携わっているにも関わらず、心にゆとりを持ち、楽しく毎日を迎えている。全盛期は90年代だったが、今でも彼の活動の勢いは止まらない様子である。才能あるアーティストとコレボレーションをしつづけ、新しい境地を開こうとしている。今度はあの有名エレクトロニカグループ、アンダーワールドの歌手•ギタリスト、カール•ハイドとアルバムを作ったのだ。しかも、一つのアルバムではなく、二つも制作したのである。そこでなぜ二つ?と聞きたくなるが、アルバムのライナーノートでイーノはこう説明する:

「『SOMEDAY WORLD』が完成した時、我々にはまだやり残したことがあり、その時点で 制作をストップし、いわゆる宣伝活動に移行すべきではないと感じた。そういった背景で、我々は即座に次のアルバムーすでに存在したアイディアを拡張させ、新たなアイディアも加えたまったく異なる作品ーの制作に取りかかったのだ。」

アルバムのプロモーションではインタビューを受けるのが普通だ。だが、プロモーションで時間を費やしてしまうと制作の邪魔になる。それならばその葛藤を効率的に解決しよう。イーノとハイドはスタジオにジャーナリストを招待し、直接レコーディングの作業を見てもらうことにした。その結果、観客になったライターたちが曲の方向性に影響してしまうという異常な効果をもたらした。

イーノが語る:「ジャーナリストの姿をしたオーディエンスの存在は、混乱や、あるいは作業の麻痺状態を招く可能性があったが、実際にはインスピレーションになった。グループでの即興演奏にありがちな問題は、間延びした反復と徹底的なカオスの間に居場所を見つけようとすることであり、その振り幅の両端に存在することは容易でも、中間を綱渡りしていくのは難しい。ごく少数とはいえ、オーディエンスがいたことが我々を「彼らのために面白いものにしておきたい・・・自分たちのためのみならず」という気持ちにさせたようだ。これによって、曲の途中で劇的に方向性を変えるのも容易になった」

プロデューサーのフレッド•ギブソンとレオ•アブラハムズ、そして詩人のリック•ホランドもスタジオに誘い、5 日間に渡りアルバムのレコーディングを行った。イーノは以前に自分で作ったサウンドをDJ用CDプレイヤーを通して流し、他のメンバーがその音源とセッションしたのである。

カール•ハイドが言う:
「このアルバムですごく楽しみにしていたのは、ブライアンが僕のギター・プレイをその場で加工し互いの演奏に影響を与え合い、やり取りをしながらポリリズムの新たな組み合わせを想起することだった。ブライアンにサウンドをいじられながら演奏するというのは、彼が生み出す変化が何であれ、それに合った演奏を強いられる楽しさがあった」

イーノとハイドはもう若手のロックスターではない。ただ、二人はそれぞれのキャリアでは大変成功したミュージシャンであり、「余裕」というものを持っている。だからこそこういうアルバムを作れる。これは悪いことではない。音楽の「実験」を行えるからだ。「実験」をし続けるのが音楽のやりがいであり、その醍醐味でもあるので、彼らの音楽はものすごく新鮮に聴こえる。

イーノはまだ日記を書いているのであろうか。そしてそうであれば、カールと過ごした時間に付いてはどう書いているのであろうか。

写真提供 : BEATINK

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